« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

あの日から。

正さんconfident美和ちゃんconfidentこんばんはconfident

そしてここに来てくれた皆さんconfidentこんばんはconfident

地震があったあの日から、毎日毎日被災地の皆さんの事を想いながらの生活が続いています。

少し時間ができたから、今頑張っている友人のお話を。。

専門学校時代の友人。

初めて出会って仲良しになった友人。もう十○年confident

私は長野。友人は宮城県気仙沼。遠く遠く離れていてもふとしたときには必ず傍に居るような空気みたいな存在。

そんな友人と地震があってから2日目。やっと連絡が取れました。

家も家族も津波からは無事でした。

それから1週間目には

「もう気力がなくなるよ・・・」

理由は、家があるから避難所に行っても物資が貰えず市役所の人やボランティアの人と言い争いになると・・・家があっても逃れてきた近所の人が一緒に暮らしているから食べ物がそこを尽きていると・・・

どこも大変な事は分かっていたけれど、それでも私は宮城県に掛け合い気仙沼市に掛け合い、市と友人が直接連絡を取れるようにしました。

2日後、やっと「塩むすびが1つ貰えたよhappy01」って連絡が。

おいしかったかな・・・

少しでも役に立てたかな・・・

旦那さんの会社も流され

何もないよ。

町が死体だらけ。

何枚も写メを送ってくれました。

夜になるとフラッシュバックして眠れないと遅くにメールが届きます。

非難させている娘ともあれ以来会っていない。

今、苦しいでしょ。それでも何度でも立ち上がれるんだよ。

今日も朝がちゃんと来る。ちゃんと進んでいるから頑張って。

それしか言えません。

そこでは強くなくちゃいけなくても私のところでは泣いていいよ。

ここに居るから。そう伝えました。

彼女は今、生きています。亡くなってしまった方の事を思うと本当に悔しくて辛いけれど、今まで生きてきた以上に頑張れるはず。

そして、この思いをしている私までも助けてくれた友人がいました。

どうにかして荷物を送ろう。その想いに宅急便の詳しい方法をスグに調べてくれた人。本当にありがとう。

それからいつも傍に居る友人は「行くよ。気仙沼」そう言って全ての手配を始めました。その友人の会社の方達が、ガソリン代を出すよ。道路状況を調べるよ。お金も出すから。

残念ながら被災している友人から「物資強盗が怖いから来ちゃだめ。男性しか入れないんだよ」と・・・行くことは出来なかったけれど、人の優しさをこんなにも強く感じた事はありませんでした。「大切な友達でしょ。」と、みんなが言ってくれた。その気持ちだけで本当に感謝です。

M。生きていてくれてありがとう。

正さんconfident美和ちゃんconfident

友人の携帯、充電が出来るようになったら必ず「何度でも」聴いてもらうからconfident

強い歌だよって届けます。

友人のお話を聞いてくれてありがとうございました。

全てのみなさん。昨日より今日。今日より明日。進んで行きますようにconfident

                      mo&su

無事に

貴方の今日が無事に終わっていますように


みなさんの無事を祈るばかりです。

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »